空を見上げればあなたに会えるから

武道館

 東方神起のイベントに関して、多くエントリをしてきましたが、唯一記していないのが武道館公演です。2007年6月19日、その日は私にとって始まりの日となったのでした。この文書は活動停止が報じられた2010年4月3日に、3年前にタイムスリップしたつもりで、あの日の事を思い出して記したものです。3年前の事ですので、コンサートのレポートとは文体も異なりますし、当時の私の率直な気持ちや感想が書かれており、人によっては不快感を感じる表現もあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。
 仕事を終えて会社を出た私は、地下鉄九段下駅の改札の前に妻と待ち合わせるためにたたずんでいた。こういう公衆の場での待ち合わせでは、妻は大概私を見つけることができない。妻曰く「私にはオーラが無い」らしい。案の定、妻は私の前を素通りしていったので、慌てて後を追って追いついた。地上に出て人の波に乗って歩き、田安門をくぐると武道館が見えてくる。そのまま会場に入り席に着いた。私たちの席は舞台向かって右手の2階席だった。席について周囲を見回すと、年配の女性ばかりが目に付く。韓流ブームと同じファン層のようだ。席にはアンケート等のチラシと一緒に白い棒が入った袋が置いてある。そうこうする内に会場の明かりが消えて、一面赤い光が会場に浮かび上がった。
「なるほど、この赤いライトが彼らの応援スタイルか。」
 私の手にはその赤く光る棒は無かった。何となく寂しさと疎外感が心をよぎったが、間髪入れずにスクリーンに映像が流れ出した。プールバーでダーツに興じる5人の男性の映像。そう、私は韓国のイケメン5人組み「東方神起」のコンサートに来ていた。イケメン5人組みと言っても、私には左側の二人はどう考えてもイケメンとは思えなかったが、そう言うと妻が怒り出すので長いものには巻かれる事にしていた。
 オープニングから全力で飛ばす彼らのステージは迫力はあったが、私はまだ冷静に彼らを見ていた。もちろん、事前に妻からCDを渡されていたので彼らの歌は知らないものではなかったが、彼らの生のステージは初めてだったからだ。CDではどんなに上手に歌っているように聞こえても、編集でいかようにでもなるからだ。が、冷静にしていられたのはある曲が始まる前までだった。
 Rising Sun。もちろんその曲も知っていた。中間にスローパートを挟んだ独特の構成と、バスドラムというよりも大太鼓と呼ぶ方がふさわしい音質の打楽器が独特のリズムを刻みながらも、ストリングが鮮烈な伴奏を奏でる音楽的にも非常に興味深いこの曲。このアップテンポの曲で目の前では信じられないほど激しいダンスパフォーマンスが繰り広げられた。そしてそれは激しいだけでなく見事にオーガナイズされており、メンバーが次々センターに躍り出てリードボーカルを務める。自分の居る2階席からはその美しいフォーメーションも良く見えた。もちろん、ボーカルやダンスパフォーマンスだけではなく、あの激しいダンスを踊りながらCDさながらのハーモニーを奏でる。
 心の中で「ありえない」とつぶやいた。
 さらに私を驚かせたのは、アカペラだった。アカペラの2曲はどちらも私の知らない曲だ。なので、きれいにハモっているかどうか分からないが、聞いていて不快感は無い。ただ、イヤーピースからそれぞれのメンバーのパートの音が入っているかも知れないと思った。が、2曲目に一番右の男がイヤーピースを外す姿が眼に入る。
「自分の耳で他の4人の声を聞いて音を合わそうとしている。」
本当にアカペラで歌ってる。こんなに凄いダンスパフォーマンスが出来て、アカペラでも歌える。こんなグループを今まで見たことがない。100トンハンマーで頭を殴られたような衝撃。その後は彼らのステージに吸い込まれるように惹きつけられていた。たどたどしい日本語のMCも一生懸命さが伝わってきて、普通に聞いたら面白くないであろうギャグにもふと顔がほころんだ。会場一面に輝く白いスティックライトの輝きに、素直に驚きの表情を見せながら歌う彼ら。軽快に踊り、またバラードを歌う彼ら。そして最後の曲で大泣きする彼ら。なぜか分からなかったが、その涙に自分の心にもこみ上げてくるものを感じた。気がついたらあっという間にコンサートは終わっていた。
 外へ出ると6月の生暖かい風が吹いていたが、心には長年忘れていた爽快感があった。帰り道に妻が
「どうだった?」と私に尋ねる。私は、
「まあまあだったね」と答えたが、妻への照れ隠しでそう答えたのだろう。が、本心は違っていた。
「彼らは本物だ。最高のステージだった。」と呟いていた。
見上げた空は曇っていたが、私の目には輝く5つの星が見えていた。
ただ、同時にいくつかの疑問も残っていた。
「なぜ武道館まで来るアーティストにバンドが付いていないのか?」そして
「なぜ彼らはあんなに泣きじゃくったのか?」
この疑問への答えを私が見つけるには、もう少し時間が必要だった。

 彼らと過ごした時間はとても長く感じられていましたが、実際は3年に満たない間だったという事に驚いています。彼らと一緒に過ごした時間は至福の時でしたし、その体験は私の中に刻まれています。そして、願わくばまたこの至福の時を経験したいと思っています。